犬と挨拶するときに考えたいこと

知らない犬に出会ったとき、私たちはつい「どうやって挨拶すればいいのだろう」と考えます。

しゃがむ。
手を差し出す。
匂いを嗅いでもらう。
頭ではなく胸を撫でる。

犬との挨拶の方法として、こうした手順を見かけることがあります。
でも、その前に考えてみたいことがあります。

その犬は今、私たちと関わりたいのでしょうか。

そもそも犬との挨拶は、必ず触るところまで進まなければならないのでしょうか。
犬と出会ったときに大切なのは、「人がどう挨拶するか」だけではなく、犬の側にも、近づく、離れる、その場にいる、関わらないといった選択肢が残されていることだと思います。

挨拶は、触ることとは限らない

私たちは犬を見ると、つい触りたくなることがあります。
犬がこちらを見たり、近くまで来たりすると、「挨拶に来てくれた」と思うかもしれません。
でも、犬が人の近くまで来ることと、身体を触られたいことは、必ずしも同じではありません。
近づいて匂いを嗅ぎ、そのまま離れていくこともあります。また、少し離れたところからこちらを見ていることもあります。
それなら、その犬にとってはそこまでで十分なのかもしれません。

人と犬がお互いの存在を確認して、何も起こらずに終わる。
それもひとつの「挨拶」と考えてよいのではないでしょうか。

私の犬は、知らない人との交流をあまり積極的に行いません。以前、人がこちらへ近づいてきたとき、私の犬が「ウー」と声を出しました。相手の人がそこで立ち止まると、その後、私の犬はリードが張るほど、その場から離れる方向へ動きました。

「ウー」という声を聞くと、「嫌がっている」「威嚇している」と考えたくなるかもしれません。でも、私の犬は遊んでいるときにも同じような声を出します。声だけでは、そのとき何が起きているのかは分かりません。だから、このときも「ウー」という声だけではなく、その前に人が近づいてきたこと、その後に犬が距離を広げる方向へ動いたことまで含めて見るようにします。

人が近づいたこと、そのとき声を出したこと、人が止まったこと、その後に犬が距離を広げる方向へ動いたこと。こうして一連の出来事として見てみると、そのとき犬が人との距離をどのように調整していたのかが見えてきます。

飼い主に聞く。でも、それだけでは決まらない

知らない犬と関わる前には、まず飼い主に声をかけることが大切です。
知らない人が苦手かもしれませんし、身体のどこかに痛みがあるかもしれません。療養中かもしれません。

ただ、飼い主から「大丈夫ですよ」と言われたことと、その犬が今、人との接触を求めていることは別です。飼い主への確認は、人と人との間の確認です。
そのうえで、もうひとつ見たいのが、目の前の犬がどうしているかです。

犬は近づいてくるでしょうか。
少し離れたところにいるでしょうか。
近づいたあと、また距離を取るでしょうか。

私たちが前に進むのではなく、少し待ってみると、犬の側からいろいろな動きが見えてくるかもしれません。

犬が近づいてきても、少し待ってみる

犬がこちらまで来ました。ここで、すぐに手を伸ばさずに少し待ってみます。

匂いを嗅ぐ。
横を通り過ぎる。
いったん離れる。
もう一度近づいてくる。
飼い主のところへ戻る。
その場に留まる。

ひとつの行動だけを見るのではなく、その前後を含めて見てみます。
「近づいてきたから、撫でてほしい」とすぐに意味を決めるのではなく、
近づいてきたあと、この犬はどうするのだろう。
と、もう少し続きを見てみます。

犬のボディランゲージも、ひとつの仕草だけで気持ちを決められるものではありません。
尻尾、耳、視線、姿勢などを個別に「これは○○という意味」と読むよりも、どんな状況で、前後に何が起き、その犬の行動がどう変化したのかを見ることが大切です。

触れるなら、途中で一度止めてみる

犬が近くにいて、人との接触が続きそうなら、身体に触れることもあるでしょう。そのときも、一方的に撫で続ける必要はありません。少し触れたら、追わずに一度手を止めてみます。すると、その後の犬の行動を見ることができます。

その場にいるかもしれません。
もう一度身体を近づけてくるかもしれません。
反対に、顔をそらしたり、身体の向きを変えたり、離れていったりするかもしれません。

ここでも、「この仕草なら続けてよい」という判定を作る必要はありません。

触れる → 止める → その後を見る。

これを繰り返すだけでも、ずっと触り続ける場合とは、犬が選べる余地が違ってきます。
触れる場所によって犬の反応には違いがあります(Kuhne et al., 2014)。一方で、その反応は、触れる人との関係によっても変わることが報告されています(Kuhne et al., 2012)。そのため、「胸なら大丈夫」「頭はダメ」というように、場所だけで決めるのは難しそうです。

犬研では、「どこを触れば大丈夫か」を覚えるより、その犬がそのときどうしているか、そして触れる前や触れた後にどうしているかを見ることを大切にしたいと思います。

離れられることも大切

ここで、もうひとつ考えたいことがあります。
「嫌なら犬が離れればいい」と思っていても、実際には離れられないことがあります。

リードが短く持たれている。
壁際にいる。
人に囲まれている。
飼い主の足元にいる。
人が犬の進路をふさいでいる。

こうした状況では、犬がその場に留まっていたとしても、それだけで「ここにいたい」とは判断できません。

2025年、18頭のセラピードッグを対象に、人から継続して触れられる条件と、犬が自由に動き、近づいたときだけ触れられる条件を比較した研究があります。

自由に動ける条件では、犬が人から離れる行動がより多く見られました。一方、継続して触れられる条件では、耳を後方に向ける行動がより多く見られました。また、自由に動ける条件でも、犬はその時間の77.9%を人の手が届く範囲で過ごしていました(Sarrafchi et al., 2025)。

つまり、人の近くにいることと、そこから離れることは、どちらかだけではないのかもしれません。犬は人の近くにいながら、ときには距離を取ることもあります。

ただし、この実験では、自由に動ける条件では犬はリードをつけておらず、継続して触れられる条件ではリードにつながれていました。そのため、観察された行動の違いが、触れられ方だけによるものとは言えません。

それでも、犬が人との距離を変えられる余地を残しておくことは、挨拶を考えるうえで大切な視点ではないでしょうか。

「嫌がっているか」を探すだけではなく

犬との挨拶というと、「嫌がっているサインを見逃さないようにしましょう」
と説明されることがあります。もちろん、それも大切です。でも犬研では、もう少し広く見てみたいと思います。

嫌がっているか。
喜んでいるか。
その二択だけではなく、

近づいた。
少し離れた。
また近づいた。
匂いを嗅いだ。
飼い主のところへ戻った。
その場に伏せた。

そんな一連の行動を、そのまま見てみます。
それが何を意味しているのかをその場で急いで決めなくても、犬が人との距離をどのように調整しているのかは見えてきます。

挨拶しないという選択肢もある

人に会うたびに、犬がその人と交流する必要はありません。
近づかない犬を、人のところまで連れていかなくてもいいですし、「大丈夫だから」と身体を押さえて撫でてもらう必要もありません。

遠くから見て、そのまま通り過ぎてもいい。
同じ場所にいて、何も起こらなくてもいい。

犬との暮らしには、誰かと積極的に関わる時間だけではなく、関わらずにいられる時間もあります。

犬との挨拶で考えたいこと

犬との挨拶には、「この通りにすれば大丈夫」というひとつの正しい形はないと思います。

人が近づく前に、犬がどうしているかを見る。
犬が近づいてきても、すぐに次へ進まず、その続きを見る。
触れたら、ときどき止めてみる。
そして、犬が近づくことも、離れることもできるようにしておく。

挨拶した結果、結局一度も犬に触れなかったとしても、それは挨拶に失敗したわけではありません。
その犬が距離を保ち、人もその距離をそのままにした。
それも、人と犬の間で交わされた大切なやりとりではないでしょうか。

犬と挨拶するとき。「私はどうすればいい?」だけではなく、
「この犬は、今どうしたいのだろう?」
と考えるところから始めてみたいと思います。

(この記事は2022年に公開した記事を、現在の犬研の考え方と新しい知見をもとに2026年に全面的に書き直しました)

参考にした研究

この記事では、犬が触れられる部位による行動反応の違いについて Kuhne et al.(2014)、触れる人との関係による行動反応の違いについて Kuhne et al.(2012)、犬が人との接触から離れることを選べる状況について Sarrafchi et al.(2025)を参考にしています。

参考文献

Kuhne, F., Hößler, J. C., & Struwe, R. (2014). Behavioral and cardiac responses by dogs to physical human–dog contact. Journal of Veterinary Behavior, 9(3), 93–97. https://doi.org/10.1016/j.jveb.2014.02.006

Kuhne, F., Hößler, J. C., & Struwe, R. (2012). Effects of human–dog familiarity on dogs’ behavioural responses to petting. Applied Animal Behaviour Science, 142(3–4), 176–181. https://doi.org/10.1016/j.applanim.2012.10.003

Sarrafchi, A., de Zwaan, N., Tucker, M., & Merkies, K. (2025). Can I touch you? A pilot study comparing consensual and non-consensual human-dog touch interactions. Applied Animal Behaviour Science, 285, 106560. https://doi.org/10.1016/j.applanim.2025.106560

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