
犬が食べ物を欲しがって吠える。人に飛びつく。何度も前足で触れてくる。
そんなとき、「反応せずに無視しましょう」といわれることがあります。たしかに、人が反応しなくなることで減っていく行動はあります。でも、犬が同じような行動をしていても、その理由まで同じとは限りません。
食べ物が欲しくて吠えている犬と、怖いものを遠ざけたくて吠えている犬では、同じ「吠える」でも犬に起きていることはかなり違います。
だから私は、「吠えたら無視」「飛びついたら無視」と、行動だけを見て決めてしまわないほうがよいと思っています。
まず、その犬に何が起きているのかを少し見てみます。
※ この記事では、犬や人の暮らしのなかで困りごとになっている行動を、便宜上「問題行動」と表現します。犬の行動そのものに、もともと良い・悪いがあるという意味ではありません。
無視することで減る行動もある
例えば、食事をしている人のそばで犬が吠え、そのあと食べ物をもらったとします。
これが何度か続けば、犬にとって、
「ここで吠えると食べ物がもらえる」
という経験になるかもしれません。
その後、吠えても食べ物をもらえなくなれば、やがて吠えることが減っていく場合があります。
ここだけを見ると、「やっぱり無視すればいい」と思えるかもしれません。
でも、大事なのは、なぜその犬が吠えていたのかです。
食べ物を得るために続いていた吠えなら、食べ物がもらえなくなることで減る可能性があります。
一方で、怖くて吠えている犬に同じことをしても、状況はまったく違います。
「吠える」という行動だけでは、どうすればよいかは決まりません。
同じ「吠える」でも、いろいろある
犬が吠える背景には、さまざまなことが考えられます。
- 食べ物が欲しい。
- 遊びたい。
- 人に気づいてほしい。
- 窓の外を通る人や犬を警戒している。
- 大きな音が怖い。
- 相手に近づいてほしくない。
- 退屈している。
- どこか痛いところがある。
- 飼い主と離れることがつらい。
外から見れば、どれも「吠える」です。でも、犬の中で起きていることは同じではありません。
怖がっている犬なら、吠えを止めることより、まず怖いものから距離を取れるようにしたほうがよいでしょう。
痛みや不調が疑われるなら、行動への対応を考える前に、体の状態を確認する必要があります。
行動だけを見て「これは無視」と決めてしまうと、その犬が困っていることを見落としてしまう場合があります。
無視しないほうがよいこともある
以前のこの記事では、犬が自分の足を舐めているときに、人が見たり声をかけたりせず、舐めるのをやめるまで待つ方法を紹介していました。
今読み返すと、人の関心との関係に目を向けすぎていました。
犬が足を繰り返し舐めているなら、かゆみや炎症、痛みがあるかもしれません。不安や葛藤と関係して繰り返している場合もあります。
舐め方が激しかったり、皮膚を傷つけていたりするなら、「かまってほしいからだろう」と考える前に、身体の状態を確認したほうがよいでしょう(Hammerle et al., 2015)。
痛みも、犬が分かりやすく「痛そう」にするとは限りません。
活動量が減る、触られるのを嫌がる、怒りっぽくなるなど、行動の変化として表れることがあります(Mills et al., 2020)。
また、犬が唸る、後ずさりする、顔をそらすといった行動も、無視してよいという意味ではありません。
犬が不安や不快感を感じているようなら、接近や接触をやめ、犬が安心できる距離をつくります。
犬の行動には、人に何かを伝えようとしているものもあります。
それまで「無視する対象」にしてしまわないことは大切だと思います。
理由が分からなくても、前後は見られる
では、犬がなぜその行動をしているのか分からないときは、どうすればよいのでしょう。
私は、無理に理由を決めなくてもよいと思っています。
犬の気持ちを、その場ですべて正しく読み取ることはできません。
そんなときは、起きたことをそのまま見てみます。例えば、
- どこで起きたか
- その直前に何があったか
- 犬は何をしたか
- 人はどう反応したか
- そのあと犬はどうしたか
一度だけでは何も分からないこともあります。でも、何度か見ていると、
「食事の準備を始めると起きやすい」
「知らない犬が近づくと起きる」
「私がスマートフォンを見ているときによく前足で触ってくる」
といったことが見えてくることがあります。
犬の行動を理解するというと、難しいことのように感じます。
でも、最初はこれくらいでもよいのだと思います。
「やめさせる」だけで終わらせない
もう一つ考えておきたいのは、その行動をしなくなったあとです。
例えば、人に飛びつく犬がいたとします。
飛びついても人が反応しなくなり、飛びつくことが減ったとしても、それで終わりとは限りません。
その犬が人と関わりたかったのなら、
「では、どうすれば人と関われるのか」
という別の方法も必要になります。
四本の足を床につけているときに声をかける。
座ったときに近づく。
おもちゃを持ってきたら一緒に遊ぶ。
方法は犬や場面によって違います。
大切なのは、望まない行動を減らすことだけではなく、犬が代わりにできることを増やすことです。
犬が困らずに選べる方法があるなら、そのほうが人との暮らしも分かりやすくなります。
別の行動を育てる考え方については、「犬に「別の方法」を増やすには? 分化強化という考え方」で詳しく紹介しています。
「無視」という言葉は少し曖昧
私たちは日常的に「無視する」という言葉を使います。でも実際には、
- 犬を見ない。
- 声をかけない。
- 触らない。
- 食べ物を渡さない。
- 遊ぶのをやめる。
- その場から離れる。
など、いろいろなことが「無視」と呼ばれています。しかも、その人の行動を犬がどう受け取るかも同じとは限りません。
人に離れてほしくない犬もいれば、人に近づかれることが負担で、離れてもらうことでほっとする犬もいます。人からの視線や声、接触をどのくらい好むかも、犬や状況によって違います(Feuerbacher and Wynne, 2014)。
ですから、「無視するか、しないか」だけでは、犬への対応を考えるには少し足りません。
その前後で、犬と人に何が起きているのかを見る必要があります。
「反応しない」前に、一度犬を見てみる
犬の行動に反応しないことが、役に立つ場面はあります。でも、どんな行動にも使える方法ではありません。特に、
- 急に始まった行動。
- 以前より増えている行動。
- 犬が怖がっているときの行動。
- 身体を傷つけるほど繰り返している行動。
- 犬や人の安全に関わる行動。
こうした場合は、単に無視を続けるのではなく、身体の状態や環境、そのときの犬の様子を確認したほうがよいでしょう。
そして、すぐに理由が分からなくても構いません。
「なぜこんなことをするのだろう」
と少し立ち止まり、その前後を見てみる。
それだけでも、「どうすればやめさせられるか」だけを考えていたときとは、犬の見え方が少し変わります。
無視するかどうかを決めるのは、そのあとでも遅くないと思います。
参考文献
Feuerbacher, E.N. and Wynne, C.D.L. (2014) ‘Most domestic dogs (Canis lupus familiaris) prefer food to petting: Population, context, and schedule effects in concurrent choice’, Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 101(3), pp.385–405. https://doi.org/10.1002/jeab.81
Fratt, K., Hamre, R., Burak, M., Mutoro, N., Nootbaar, H. and Wykstra, M. (2025) ‘Using differential reinforcement and extinction to increase specificity in cheetah scat detection dogs’, Animal Cognition, 28, 27. https://doi.org/10.1007/s10071-025-01947-0
Hammerle, M., Horst, C., Levine, E., Overall, K., Radosta, L., Rafter-Ritchie, M. and Yin, S. (2015) ‘2015 AAHA Canine and Feline Behavior Management Guidelines’, Journal of the American Animal Hospital Association, 51(4), pp.205–221. https://doi.org/10.5326/JAAHA-MS-6527
Mills, D.S. et al. (2020) ‘Pain and problem behavior in cats and dogs’, Animals, 10(2), 318. https://doi.org/10.3390/ani10020318
実森正子・中島定彦(2019)『学習の心理――行動のメカニズムを探る 第2版』サイエンス社
島宗理(2019)『応用行動分析学――ヒューマンサービスを改善する行動科学』新曜社
※この記事は、2022年9月に公開した「望まない行動を減らすには(その1)」「望まない行動を減らすには(その2)」を統合し、犬の行動の背景とアニマルウェルフェアの観点から全面的に見直したものです。
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