苦手なものに慣れさせる

(この記事は2022年に公開した記事を、現在の犬研の考え方と新しい知見をもとに2026年に全面的に書き直しました)

「苦手なら慣れさせる」は自然な発想

犬が踏切を怖がる。他の犬を見ると興奮する。
そんなときは「少しずつ慣らしたほうがいいのでは」「ポジティブな経験を重ねれば大丈夫になるのでは」と考えるのではないでしょうか。私も以前、そう学びました。

例えば、現在の獣医行動学でも使われている「系統的脱感作」と「拮抗条件付け」という方法があります。
系統的脱感作=怖さなどの反応が起きない程度まで刺激を弱め、犬の様子を見ながら少しずつ経験する
拮抗条件付け=苦手な刺激と、犬にとって良いものを組み合わせて新しい関連をつくる

でも、「静かになった」は「何でもなくなった」と同じだろうか
はたして、静かにできるようになることと、その犬にとって何でもなくなることは、本当に同じなのでしょうか。
たとえば、

吠えなくなった。
その場所を通れるようになった。
オヤツを食べられた。

これらは観察できます。
でも、そのことから「もう怖くない」「気にならなくなった」「身体も反応していない」とまで言えるのでしょうか。

行動を見ることは大切です。でも、見えている行動だけから、その犬の内側で起きていることをすべて知ることはできません。

私の犬と踏切

私の犬は2歳頃から、踏切の警報音、電車が通過する音などで、踏切付近で激しく吠えるようになりました。
当時の私は、「できるだけ踏切へ行って、オヤツを使ってポジティブな経験をさせながら慣らしていく」という考えでトレーニングを始めました。しかし、距離をとっても、実際の踏切では音や振動などを完全に調整することはできませんでした。距離をとって刺激を弱くしたつもりでも、電車が来れば反応しました。

トレーニングを続ければ、吠えなくなるかもしれない。オヤツを食べながら踏切の近くにいられるようになるかもしれない。でも、それは私の犬にとって踏切が「何でもないもの」になったということなのだろうか。
その疑問が、ずっと残っていました。
「だったら、踏切を通らなければいいのではないか」そう考えるようになりました。

他の犬でも同じことが起きた

同じころ、今度はそれまで仲良くしていたと思われた、散歩中によく会う犬に吠えるようになりました。次第に他の犬にも吠え、その数が増えていきました。
そこで当時は、「他の犬が苦手なら、犬を見るとオヤツが出る経験を重ねよう」と考え、トレーニングを始めました。うまくいく場合もありましたが、私の犬には難しかったです。
そこで、

犬の少ない時間に散歩する
犬の散歩が少ない道を歩く
遭遇したら距離を取る

このようなことを始めました。

今なら、これは「環境を整える」と考える

当時これらは「トレーニングから逃げた」と思っていました。他の犬が苦手なら、犬に会いながらポジティブな経験を重ねる。踏切が苦手なら、少しずつ慣らしていく。それがトレーニングなのだと学んでいたからです。
でも今、振り返ってみると、私がしていたことは、現在「環境管理(management)」と呼ばれている対応に近いものだったと分かります。
もちろん

動物病院
生活上避けられない音
日常的なケア

など、避けるだけでは難しいものもあります。
そういうときは、系統的脱感作や拮抗条件付けが役に立つことがあります。
一方

渡らなくてもいい踏切
交流する必要がない他の犬

などは「慣らさなければ」から一度離れてもいいのではないでしょうか。
苦手なものに「どう慣らすか」だけではなく、「そもそも慣れる必要があるのか」

今、改めて調べてみると、現在の獣医行動学でも、怖さや不安を引き起こす刺激を避けたり、距離や視界などの環境を調整したりすることは、行動への対応の重要な一部として位置づけられています。犬や人に遭遇しにくい時間や場所を選ぶことも、その具体例として挙げられています。

今なら、もう一つ考えます。
その苦手なものは、本当に「何でもないもの」にしなければならないのでしょうか。

動物病院や日常的なケアなど、避け続けることが難しいものもあります。その場合には、犬が無理なく経験できるように手伝う意味があります。

一方で、渡らなくても困らない踏切や、交流する必要のない他の犬なら、必ずしも克服する必要はないのかもしれません。

慣らす前に考えてみたいこと

犬を見るときに、

「これは、その犬が生活するうえで避けられないものだろうか」
「刺激を減らしたり、距離を取ったりできないだろうか」
「犬は自分から近づいているだろうか。それとも離れようとしているだろうか」
「その場で静かになったことだけを見ていないだろうか」
「刺激がなくなったあと、その犬はどうしているだろうか」
「この犬にとって、これを何でもないものにする必要があるのだろうか」

そんなことを考えてみてはどうでしょうか。

トレーニングがすべてではない

静かにできるようになったことと、その犬にとって何でもなくなったことが同じなのか。私には、それを簡単に確かめることはできません。

だからこそ、私は「どう慣らすか」を考える前に、「これは慣れる必要があるものだろうか」と考えるようになりました。

慣れることを手伝える場合もある。
距離を取ることもできる。
通らない道を選ぶこともできる。
暮らし方そのものを変えることもできる。

目の前の犬が穏やかに暮らせるなら、「苦手なものが苦手なまま」でもよい場合があるのではないでしょうか。

トレーニングは、犬との暮らしを良くするための一つの方法です。
でも、トレーニングがすべてではありません。

参考文献について

この記事では、系統的脱感作や拮抗条件付けの現在の位置づけについて、Merck Veterinary Manualを参考にしています。恐怖や不安を引き起こす刺激を避けたり、距離や視界などを調整したりする「環境管理」については、Merck Veterinary ManualとAmerican Veterinary Society of Animal Behavior(AVSAB)の資料を参考にしました。

また、犬の拮抗条件付けについて、研究によって定義や実施方法に違いがあることを確認するため、Shnookal et al.(2024)の系統的レビューを参考にしています。

AVSABの「Staying Safe: Management for Fearful Dogs」では、他の犬などに反応する犬への環境管理の具体例として、遭遇しにくい時間帯や場所を選んで散歩することや、車や木などで視界を遮ることなどが紹介されています。

参考文献

Pankratz, K. (2025). Treatment of Behavior Problems in Animals. Merck Veterinary Manual.
https://www.merckvetmanual.com/behavior/behavioral-medicine-introduction/treatment-of-behavior-problems-in-animals

American Veterinary Society of Animal Behavior. (2021). AVSAB Position Statement on Humane Dog Training.
https://avsab.org/wp-content/uploads/2021/08/AVSAB-Humane-Dog-Training-Position-Statement-2021.pdf

Todd, Z. (2022). Staying Safe: Management for Fearful Dogs. American Veterinary Society of Animal Behavior.
https://avsab.org/staying-safe-management-for-fearful-dogs/

Shnookal, J., Tepper, D., Howell, T., & Bennett, P. (2024). Counterconditioning-based interventions for companion dog behavioural modification: A systematic review. Applied Animal Behaviour Science, 276, 106305.
https://doi.org/10.1016/j.applanim.2024.106305

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