犬のボディランゲージは辞書のようには読めない

「舌なめずり=ストレス」と考えていませんか?

7年前にこの写真を撮影した当時、私はこの舌なめずり(鼻ペロ)を、「写真を撮られるのが嫌で我慢しているのだろう」と考えていました。

覚えたての「シット(座って)」と「ウエイト(待って)」をしてもらって、桜の花と犬を一緒に撮影しようとしていました。このときは周りに誰もいなく、撮影者の私しかいませんでした。数枚撮影をしたあと、ポケットからおやつをあげました。

見えたことと、そこから考えたことは違う

この舌なめずりは、写真撮影時の「ストレス」だったのでしょうか? これまでも、スマホを向けると顔をそらすことが多かったと記憶しています。指示を出さないときは撮影場所から離れることもあり、撮影をあまり好んでいなかったようでした。

そうした撮影の負担だけでしょうか? 撮影後のおやつへの期待が関係していた可能性もあります。

このとき「舌で鼻のまわりをなめた」は観察になります。

「撮影が嫌だった」は解釈です。

この解釈は合っているかもしれないし、間違っているかもしれない。

この一瞬の状況だけでは、まだ答えは出ません。

私たちは、行動からすぐに意味を引きたくなる

「この行動=この気持ち」は覚えやすい

舌なめずり=ストレス
頭をそらす=敵意がない
前足上げ=不安
単語カードのように1対1の形は整理しやすく覚えやすいです。ボディランゲージを学ぶときや、書籍やセミナーなどで紹介されやすい方法です。しかし実際の行動は必ずしも1対1ではありません。

ボディランゲージの知識が役に立たないわけではない

こうした知識が意味がないわけではありません。知識があることで、「なにか起こっている」と気づくことができます。

問題になるのはその知識を使って「観察した瞬間に答えまで出してしまうこと」です。「舌なめずりをしている=ストレスだ」「写真撮影によるものだ」とすぐに解釈をして決めつけてしまうことです。

得た知識はすぐに答えを出すためのものではなく、「仮説を考えるためにも使える」と考えるようにします。

「ストレス行動」を改めて調べた研究

ここで研究者たちの実験例を見てみます。2026年8月21日に公開されたRiggioらの研究では、64頭の犬を対象に、これまでストレスと関連する行動として扱われてきた、舌なめずり、前足上げ、頭をそらす、身体をブルブルと振る、鳴くなどを、状況や生理指標と一緒に調べました。

この実験では、人の愛着研究で使われる Strange Situation Procedure(SSP:ストレンジ・シチュエーション法)が用いられました。

解析対象となった64頭の犬は、飼い主との愛着スタイルについても分類されました。実験では、社会的状況が次々と変化するよう、犬を以下の7つのエピソード(状況)に順番に置きました。

  1. 犬+飼い主
  2. 犬+飼い主+見知らぬ人
  3. 犬+見知らぬ人(飼い主が退出)
  4. 犬+飼い主(再会)
  5. 犬だけ
  6. 犬+見知らぬ人
  7. 犬+飼い主(再会)

一般的に、飼い主との分離、特に犬だけになるエピソード5でストレスが高まり、飼い主との再会で緩和されることが予想されました。

もし舌なめずりが、分離による負担を比較的直接反映する行動であるなら、飼い主との分離や再会にともなう状態の変化と、ある程度対応した増減が見られることが予想されます。調査では、行動だけでなく、実験前後のコルチゾールやオキシトシン、体温などの生理指標も調べられました。

結果は、予想されるストレスの変化と単純には一致しなかった

実験の結果、そうはなりませんでした。
もし舌なめずりが、飼い主との分離による負担をそのまま表す行動であるならば、飼い主と離れて1頭になった場面で多くなり、飼い主との再会によって減る、といった対応が見られてもよさそうです。しかし実際には、犬が1頭だった場面より、飼い主との再会や見知らぬ人との再会で舌なめずりが多く観察されました。舌なめずりの出現は、SSPで想定される分離ストレスの変化と単純には一致しませんでした。

もちろん、見知らぬ人との対面が負担になる犬もいるでしょう。飼い主との再会でも、嬉しさや興奮によって覚醒度が高くなることがあります。

今回の結果から分かるのは、舌なめずりを見ただけで、その背景に不安があるのか、期待や興奮があるのかまで決めることはできない、ということです。だからといって、「舌なめずり=覚醒」と新しい意味に置き換えればよいわけでもありません。

「舌なめずりが起きたことは分かるが、その犬が不安なのか、嬉しいのか、期待しているのか、複数が入り混じっているのかは、その行動一つからは分からない」と見るのが良さそうです。

同じ行動でも、出てくる場面は同じではなかった

舌なめずり以外の結果も見てみましょう。

前足を上げる
前足を上げる行動は、犬が一頭になった場面よりも、人がいる場面で多く観察され、飼い主との再会でも増えました。不安やストレスだけに結びつく行動とは考えにくく、著者らは、社会的な状況や次の行動への準備など、別の要因との関係も可能性として挙げています。

身体をブルブルと振る 
身体を振る行動は、犬が一頭になった場面よりも、最後に飼い主と再会した場面で多く観察されました。ストレスを受けている瞬間だけに現れる行動とは考えにくく、状態の切り替わりなどとの関係も考えられています。

頭をそらす 
頭をそらす行動は、相手が飼い主か見知らぬ人か、また犬の愛着スタイルによって現れ方が異なりました。一律にストレスや相手をなだめることを示す行動とは言いにくく、相手との関係やその場の状況と合わせて見る必要がありそうです。

これらの結果も、ある行動を一つだけ取り出して、その犬の状態を一つの言葉で説明することの難しさを示しています。

ただし、この研究だけで犬のボディランゲージ全体について結論を出せるわけではありません。愛着スタイルごとの犬の数も多くなく、この研究で示された行動の新しい正解が見つかったわけでもありません。

1つの行動には、1つの理由しかないのだろうか

「どちらか」ではなく、両方かもしれない

それではもう1度、写真に戻ります。
この舌なめずりは、撮影が負担だったのか、おやつを期待していたのか、どちらか一つを正解として選ぶ必要もありません。「撮影は少し嫌だけれど、終わったあとのおやつも期待していた」というように、複数の要因や状態が重なっていた可能性もあります。

行動から見えるのは、犬の内側そのものではない

行動は観察することができます。しかし感情、動機、意図は直接は見えません。
大切なのは、「舌なめずりを見たこと」と「その犬が何を感じていたか分かったこと」は同じではありません。

人間なら「どうしたの?」と聞けるけれど

犬には「どうしたの?」と同じようには聞けない

人間の場合を考えてみましょう。例えば腕を組んでいる人がいるとします。この人は寒いのかもしれないし、少し怒っているのかもしれません。あるいは、ただ楽な姿勢を取っているだけかもしれません。寒さと苛立ちが同時にあることも考えられます。

人間なのでこのときに「寒いの?」「どうしたの?」と本人に尋ねることができます。「寒いだけ」「ちょっと腹が立っている」「別に何でもない」「寒いし、少し腹も立っている」という追加の情報を得られることがあります。

しかし犬の場合、犬自身の主観を人間の言語で確認することはできません。だからこそ、犬の場合はすぐに答えを決めず、もう少し観察を重ねる必要があるのだと思います。

では、犬の行動をどう見ればいい?

まず、見えたことをそのまま見る

犬をただ「不安そう」と表現するのではなく、「頭をそらした」「鼻を1度なめた」「2歩後ろへ下がった」のように、できるだけ実際に⾒えた⾏動を記録します。回数や続いた時間、行動の間隔なども、分かる範囲で残してみます。

1つではなく、いくつかの仮説を持つ

観察したことや、これまで得てきた知識を手がかりに、いくつかの仮説を考えてみます。可能性をむやみに増やすことが目的ではありません。

その前と、そのあとを見る

犬が行動する少し前に、何が起きていたか、相手、場所、身体状態などを記録します。犬の行動のあとに、人や犬、周りで起きたことを記録します。

そのあとに何が起きたかは大切な手がかりの1つですが、それだけで「なぜその行動をしたか」が分かるわけではありません。

1回ではなく、同じ犬を何度も見る

こうした記録を一度で終わらせず、何度か続けてみます。いくつかの記録を比べてみると、一度だけでは分からなかったことに気づくかもしれません。

犬の行動には、すぐに答えをつけなくてもいい

これは私の考えですが、行動について学ぶほど、犬のことがすぐ分かるようになると思っていました。でも実際には、「これは○○だ」と簡単には決められないことが、以前よりよく見えるようになりました。そのため、以前より会話の歯切れは悪くなったかもしれません。

分からないから言えないのではなく、分からないからこそ、もう少し見たいし、見る必要があると感じます。

ボディランゲージの知識は犬の気持ちを辞書のようにすぐ教えてくれるものではありません。「この犬に、今、何が起きているのだろう」と考え、もう少し観察するための手がかりとして使うためのものだと思います。

犬の行動には、すぐに答えをつけなくてもいいのだと思います。

参考文献
Riggio, G., Borrelli, C., Atilgan, D., Russo, G., Diverio, S. and Mariti, C. (2026) ‘Rethinking dog stress behaviours: contextual and physiological insights from the attachment framework’, Veterinary Quarterly, 46(1), 2682284. https://doi.org/10.1080/01652176.2026.2682284

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藤森

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