
「舌なめずり=ストレス」と考えていませんか?
これは7年前に撮影した写真です。桜の花と私の犬を一緒に撮ろうと思い、覚えたての「シット(座って)」と「ウエイト(待って)」をしてもらいました。このときは周囲に誰もいなく、撮影している私と犬だけ。数枚撮影したあと、ポケットからおやつを出してあげました。
写真の私の犬は、舌で鼻のまわりをなめています。当時の私は、「写真を撮られるのが嫌で我慢しているのだろう」と考えていました。
見えたことと、そこから考えたことは違う
以前からスマホを向けると顔をそらすことが多く、指示をしないと撮影場所から離れてしまうこともありました。そのため、写真撮影はあまり好きではなかったのだろうと思います。
では、このときの舌なめずりも、撮影が嫌だったからなのでしょうか。
撮影後にはおやつをあげていました。もしかすると、おやつへの期待も関係していたかもしれません。ただ、期待していたという行動を確認したわけではありません。
この写真から分かるのは、「舌で鼻のまわりをなめた」ということです。「撮影が嫌だった」というのは、私が考えた解釈です。この解釈は合っているかもしれませんし、違っているかもしれません。写真と当時の記憶だけでは、まだ分からないことがあります。
舌なめずりは、犬が嫌だと感じたときに現れる行動なのでしょうか。ここからいくつかの研究事例を見てみましょう。
犬の行動には、決まった意味があるのだろうか
Riggioら(2026)は、飼い主と離れたり再会したりする7つの場面で、64頭の犬の行動を調べました。
もし舌なめずりが、飼い主と離れることによる負担をそのまま表すのであれば、1頭になったときに増え、飼い主と再会すると減りそうです。しかし実際には、1頭でいた場面よりも、飼い主や見知らぬ人と再会した場面で多く観察されました。
見知らぬ人との再会なら、警戒や不安が関係していたかもしれません。しかし、飼い主との再会でも増えています。嬉しかったのか、興奮していたのか、まだ不安が残っていたのか。この研究では、犬が実際に何を感じていたのかまでは分かりません。
少なくとも、舌なめずりを見ただけで「ストレスだ」と決めることはできなさそうです。
犬の表情は、犬の内側だけで決まるのだろうか
Kaminski ら(2017)は、24頭の犬を対象に、人が犬の方を向いているかどうかで、顔の動きが変わるのかを調べました。また、犬の覚醒度を高めると考えられる刺激として、食べ物を提示する条件も設けました。
その結果、人が犬の方を向いているときには、眉の内側を上げる動きや舌を見せる動きなどが多くなりました。一方、食べ物の有無による影響は確認されませんでした。
食べ物を見せられるだけでも表情が変わりそうですが、この実験では、そのような違いは確認されませんでした。犬の顔の動きは、内的状態だけで決まるのではなく、相手が自分に注意を向けているかどうかにも影響されるようです。
それなら、ボディランゲージの知識は役に立たないの?
Bremhorstら(2022)の研究では、いくつかの顔の動きは、報酬を期待する条件と、報酬を得られない条件とで異なっていました。そしてその多くは、報酬が食べ物でもおもちゃでも、同じ方向の違いを示しました。
例えば、耳を後ろに倒す動きは、報酬を得られない条件で多く現れました。しかし、報酬を期待している条件でも現れています。個々の顔の動きだけでは、実験条件を安定して正しく判別できませんでした。行動に規則性があっても、それだけで正確に判定できるとは限らないようです。
では、ボディランゲージの知識は役に立たないのでしょうか。犬がどのような行動をするのかを知ることで、気づけることも増えると思います。例えば、私の犬が舌なめずりをしたときに、その行動を知っているからこそ、何か負担を感じているのではないかと考えることができます。しかし、その知識があるために「ストレスだ」と決めつけてしまうのはどうでしょうか。
このとき行動を見つけたらすぐに意味を当てはめるのではなく、ほかにどのような行動をしていたのか、何が起きていたのかも一緒に考える必要がありそうです。
状況を見ているつもりで、思い込んでいないだろうか
Molinaro & Wynne(2025)は、犬1頭の映像を使って、犬の動きは変えず、周囲に映る人や物を別の場面のものに差し替えた動画を作りました。そして、動画を見た人が犬の感情をどう評価するかを調べました。
その結果、犬の動きは同じでも、周囲の状況によって人の評価が変わりました。
私は私の犬が舌なめずりをするのを見て「写真撮影を嫌がっている」と考えました。それはそれまでの経験や撮影時の状況からの仮説です。ただ、そう考えていたことで、ほかの可能性には気づきにくくなっていたかもしれません。
自分では犬の行動を見て判断していると思っていても、別の情報に影響されている可能性があります。
では、犬の行動をどう見ればいい?
例えば腕を組んでいる人がいるとします。この人は寒いのかもしれないし、少し怒っているのかもしれません。あるいは、ただ楽な姿勢を取っているだけかもしれません。寒さと苛立ちが同時にあることも考えられます。
人間なのでこのときに「寒いの?」「どうしたの?」と本人に尋ねることができます。
しかし犬の場合、犬自身の主観を人間の言語で確認することはできません。だからこそ、犬の場合はすぐに答えを決めずに、その行動が起きたときの状況や、前後の様子も見ていきたいと思います。ただ、犬がその場から離れようとしているのであれば、たとえ何を感じているのか分からなくても、無理に引き止める必要はないと思います。
犬の行動には、すぐに答えをつけなくてもいい
これは私の考えですが、行動について学べば犬のことがすぐに分かるようになると思っていました。昔の文章を見返すと、「写真を見ただけで犬の気持ちが分かるようになった」と書いていたことがありました。
でも今は、「これは○○だ」と簡単には決められないことが、以前よりかなり増えました。そのため、以前より会話や文章の歯切れは悪くなったかもしれません。
これは分からないからうまく言えないのではなく、分からないからこそ、もう少し見たいし、見る必要があると感じます。
ボディランゲージの知識は犬の気持ちを辞書のようにすぐ教えてくれるものではありません。「この犬に、今、何が起きているのだろう」と考え、もう少し観察するための手がかりだと思います。
犬の行動には、すぐに答えをつけなくてもいいのだと思います。
参考文献ガイド
この記事では、舌なめずりなどの行動が飼い主との分離や再会でどのように現れるかについて、Riggioら(2026)の研究を参考にしました。
また、人の注意によって犬の顔の動きが変わるかについてKaminskiら(2017)、顔の動きから犬の状態をどの程度正確に判別できるかについてBremhorstら(2022)、犬の感情を評価する人間の判断に周囲の状況がどう影響するかについてMolinaro & Wynne(2025)を参考にしています。
これらの研究は、特定の行動から犬の感情を直接確定したものではありません。
参考文献
Riggio, G., Borrelli, C., Atilgan, D., Russo, G., Diverio, S., & Mariti, C. (2026). Rethinking dog stress behaviours: contextual and physiological insights from the attachment framework. Veterinary Quarterly, 46(1), Article 2682284.
https://doi.org/10.1080/01652176.2026.2682284
Kaminski, J., Hynds, J., Morris, P., & Waller, B. M. (2017). Human attention affects facial expressions in domestic dogs. Scientific Reports, 7, Article 12914.
https://doi.org/10.1038/s41598-017-12781-x
Bremhorst, A., Mills, D. S., Würbel, H., & Riemer, S. (2022). Evaluating the accuracy of facial expressions as emotion indicators across contexts in dogs. Animal Cognition, 25, 121–136.
https://doi.org/10.1007/s10071-021-01532-1
Molinaro, H. G., & Wynne, C. D. L. (2025). Barking Up the Wrong Tree: Human Perception of Dog Emotions Is Influenced by Extraneous Factors. Anthrozoös, 38(2), 349–370.
https://doi.org/10.1080/08927936.2025.2469400
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